14.神話から哲学へ 〜古代ギリシャでの哲学の誕生〜 - 2. 最初の自然学者「タレス」と「ミレトス学派」 | 小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授

14.神話から哲学へ 〜古代ギリシャでの哲学の誕生〜
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INDEX
1.神話から自然哲学の発生
2. 最初の自然哲学者「タレス」と「ミレトス学派」
3. 魂と音楽と数学のとりあわせ「ピュタゴラス」
4. 「論理」だけの世界「パルメニデスとゼノン」及び「多の原理」をいう自然哲学者たち
5. 最初の個別科学者「医学のヒッポクラテス」
6. ソクラテスにおける「自然学から生の哲学」への転換
7. ソクラテスの「人間探求」

2.

最初の自然学者「タレス」と「ミレトス学派」


はじめに
 古代ギリシャで学問が生じてきた時、この一つなる
「学問」は要するに単なる実用のための「技術」を越えて、事柄そのものが「何であるのか」を「普遍的に」問うようなものでした。そしてアリストテレスの説明によると、この問いは「事柄にたいする驚嘆の心、すなわち、それは一体なんなのだ、という疑問と、それに対する探求への願望(人間は本性上知ることを求める、と彼は説明していました)」から生じ、この驚嘆の心をアリストテレスは「タウマゼイン」と名付けたのでした。ここに、「必要の要請」たる技術を越えた学問の発生の動機がある、と説明したのです。
 ですから、前章でみておいたように、アリストテレスは
「神話愛好者」もある意味で「知を求める者」だと言ったわけです。神話には「世界の成り立ち、自然のありよう、人間のありよう」などが語られているからです。しかしこれだけでは「学問」とはなりません。ここでアリストテレスは「タウマゼイン・驚嘆の心」に並べて「スコレ・余裕」ということを言ってきます。この「スコレ・余裕」というのは「生活の余裕」ばかりを意味するわけではありません。むしろ「精神の自由」、権威や因習、常識に囚われない「心の余裕」を意味します。もっとも経済的余裕がなければこうした精神の余裕も生じないかもしれませんが、しかし、経済的余裕が捨てるほどあるからといって「精神の自由」が得られるとは限りません。わが国も経済発展を大いにとげましたが、今や「心の教育」ということが社会問題になるような国になってしまいました。そしてこれまで世界には金銀財宝を山のように集めた国もあり、あるいは多くの民衆を奴隷として使役して「暇をもてあそんでいた」貴族が一杯いた国が大部分でしたが、ほとんどどこからも「精神の自由」に基づく学問は生じることがなかったのです。
 これは古代ギリシャ人が自ら言っていることですが、古代ギリシャはむしろ「貧しい」国でした。しかし、「精神の自由」があったのです。これはまた当時のギリシャ人が誇りにしていたことでもありました。古代のギリシャ人ほど自分達が
「自由人」であることにこだわった人種というのはありません。そして一方でその国民性の「優れ」を主張するのに、例えばツキディデスは(アテナイ人についてですが)「知への愛好」をあげてくるのです。こんな態度から培われた「精神の自由」が、「常識」であった「神話」とは別に世界の成り立ちを考えさせ、「権威的学説」を作りあげて盲信するということをさせず、目前の必要を満足させればそれでよしとする態度を捨てさせ、経験的事実の枠内にとどまることをやめさせ、思い込みだけで判断する態度を捨てさせていったのです。じつは近代人がルネッサンスで古代ギリシャに学んだ最大のことが、こうした態度であったのです。

タレス(BC624頃〜548/545頃)
 こうした態度をはっきりと示してきたのが小アジアのミレトスの人「タレス」である、と後の哲学者アリストテレスは評価したのでした。ここでアリストテレスが
「知を愛すること(フィロソフィア=哲学)の始め」といったことから、以降、哲学史の始めにタレスがおかれることになったのです。
 どうしてタレスがそう評価されたのかというと、ソクラテス以来(「哲学」という言葉はソクラテスからです)深められて来たフィロソフィアの問題の一つにタレスが答えていると見なせるからというのがその理由でした。それは、この世界を説明するのに、材料の面で
「原理的なもの」に気付いていて、その原理を自然世界そのものに求めて、世界のすべてのものの「始め」は水だ、という形で語ってきたからだ、というものでした。この評価は、世界を神話的に理解するのではなく、自然を自然そのものとして理解しようという「理性的探求」の態度だ、と考えたからでしょう。とはいえ「世界の始めは水だ」という言い方は随分変に聞こえると思います。哲学のはじめがこんなのでは哲学とは何とも奇怪でバカバカしい、という印象になるのももっともです。
 しかし、繰り返しますが、ここには「世界は神様の姿だ」とか「神様が生んだものだ」とか「神様がこねまわして作ったのだ」という説明とは全然違った説明があることには気がつくと思います。それが大事なのです。すなわち、ここには「自然」を「神様」ではなく
「自然物で」説明しようという態度がみられます。「神様がつくった」といったらもう話はそこで終わってしまいますが、ここには「自然は自然物の自然的生成によって生じてきた」というはっきりとした意識があります。この「水」の代わりに「原子」とか「素粒子」とかを入れてみて下さい。そのまま現代的な言い方になってきます。
 ではなぜ「水」などといってきたのでしょうか。アリストテレスは、それは
「観察」によってだといっています。これも大事な点です。すなわち、観察から物事を言うという態度は「神話」を離れ、事物そのものにとどまって「原因」を言う態度となり、これは斬新でした。
 観察の内容は、すべてのものの「養分」が水気をもっていること、熱ですらそうした水気から生じることなどをあげていますが、これはアリストテレスの推測です。しかし、アリストテレスは、神話で「水の神」を始めとしたのも同じ考えなのだろうと、神話的発想を並べながらタレスの特徴を言おうとしてこのように紹介してくるのですから、ここに「新たなもの」を見ていたのは確かでしょう。それは
「原理というもの」の発想と自然観察という「方法論」とにある、としていたのと言えます。
 こうした在り方が
「フィロソフィア(原義は「知への愛」ということだが、日本では「哲学」というなじみのない言葉にされてしまった)のはじめと評価されたのです。ただし、このフィロソフィアという言葉はソクラテスによってはじめられるのですからタレスよりずっと後のことで、したがってアリストテレスはタレスたちソクラテス以前の人達を「自然学者」と呼んで、ソクラテス以降からのフィロソフィアと区別はしています。

 しかし、タレスが学問に端緒をひらいた、というのはいいとして、ここまでの説明では何やら「俗世を離れた暇人の頭の体操」のような雰囲気もします。ことがそれだけならそういう印象になるのも仕方ありませんが、それはそうではないのです。むしろこの自然学者たちというのは
「実際的な技術」においても卓抜していた人たちなのです。その上で、そうした技術の基礎にある「原理・理法」の問題として以上のような「世界の成り立ち」についての探求をしていたのです。技術は実際的なものですから「利益」を生むだけのものでした。しかし、「原理・理法」を求めるものは後世「学問」と呼ばれることになるのですが、その違いはどこにあるのでしょうか。
 技術者としてのタレスですが、アリストテレスが伝えている有名な逸話によると、彼が学問していてとても貧乏な暮らしをしているのをみてある人が学問など何の役にもたたない、といって非難したといいます。タレスは、それではということで自分の知識からオリーブの豊作を予測して、オリーブの圧搾機を安いうちにあるだけ借り受けてしまい、いざ実がなって人々がその圧搾機を必要とした時、それを高く貸し付けて大もうけをした、という話です。そしてアリストテレスはタレスの言葉を続けて紹介していますが、それは、このように学問というものを金儲けに使うことも可能なのだけれど、しかしそれは自分達学問をするものにとっての関心事ではないのだ、というものでした。
 実際、タレスはその他でも
「実用のための技術」においても群を抜く人であったようで、数々の逸話が残っています。一方で「社会的リーダー」としても優れた活動をし、自分の都市ミレトスに様々の有益な働きをしたことが伝えられています。
 技術者としては、クロイソス王の軍が遠征の途中でハリュス河に行き会ってしまった時に、その河の流れを変えて橋を架けることなく渡れるようにしてやった逸話などがよく知られています。おそらく、河をせき止めて河の流れをクロイソス王の背後にもっていって、干上がった川底をわたらせたのでしょうが、これは地形をよむ能力と土木工事の知識が必要です。
 また、彼は社会的活動から身をひいたあと学問に没頭したと伝えられていますが、その多くは「天文学」と「数学」であったようで、
「日食の予知」は恐らく一番有名な逸話かも知れません。この彼の予知した日食は今日的に計算すると紀元前585年5月28日におきた日食になります。
 また、これに関係してよく知られている逸話が「ドブに落ちたタレス」の逸話で、それによると、彼が星の観察をしに外出したところ「ドブ」に落ちてしまい、召使いがそれを見て「あなたは天上にあるものを知ることができるのに足下のことは知らないのですね」と言ったという逸話です。これは事態としてもおかしいし、召使いのセリフもおかしいということでしょうが、タレスのために弁護するなら、足元ばかり見ていたら天文学は成り立たないし、生活のことばかり気にしていたら学問は成り立たない、ということになるでしょう。
 その他、数学上の業績も知られ、それはエジプトの「土地を計る技術」からもたらしたものだ、と伝えられています。自分の影の長さが自分の身長と同じになる時刻にピラミッドの影の長さを計ってその高さを計ったのも彼でした。また三角形の定理をもちいて、沖にある船までの距離を計ったとも言われています。              
 タレスの業績は以上のようなものですが、もう一つ大事なことがあります。それは、このタレスの探求の態度は
「吟味・批判」されつつ継承されていく、という事態を生み出したことです。神話による説明は、それが吟味され、批判され、さらなる説明を呼び起こすということは決してありません。しかし、タレスによって始められた説明の仕方は、すぐに他者によって吟味され、批判されてくるのです。こうして、一つの見解が批判的に継承されていく、という「学問」に絶対必要な「研究の継承」という在り方が形成されていくことになったのでした。

アナクシマンドロス(BC610頃〜550頃)
 タレスは「ミレトス市」の人でしたが、このタレスに続く人たちがでてきます。そこで彼らを総称して
「ミレトス学派」という言い方がされます。タレスに続いた人というのは、タレスの仲間とも弟子といわれるアナクシマンドロスです。彼はタレスより14〜5歳年下の人でタレスと同様ミレトスの人でした。
 彼の業績は一般には、タレスの「水」という言い方に変えて
「ト・アペイロン」というものを持ち出し、これは、「水」が「原理」としては限定性をもっていて不適当である、という指摘であって、そこで「無限定」を意味する「ト・アペイロン」というものを言ってきたのだ、と説明されます。
 この「ト・アペイロン」をかつてしばしばそうされたように「無限定的なもの」と訳すと、何か「抽象的な実体」をいっているように誤解されてしまうので、最近ではほとんど訳さず原語のまま「ト・アペイロン」と示しますが、つまりかなり自然的・具体的なものなのです。要するに、まだ「区別」というものが生じる前の、何か自然物すべてを含み込んだ一つなるもの、といった感じのものです。イメージ的には巨大な丸いボールを想像し、その内部は何かで充満しているのですが、それは完全に融合していて「区別」というものが何にもない、といった感じです。それが私たち存在世界の「はじめの」姿だと言うわけです。
 こういう言い方をしてきたのは、「水」であったとしたらなぜ水から火が生じるのか説明できない(なぜなら、水は火を「消す」ものであって、火を生み出すとは観察されない)からでした。ですから、もちろんこの「はじめのもの」が他の具体物であるわけにもいきません。なぜなら、もし「火」だとしたらもはや「水」という要素は蒸発して「なくなって」しまっているでしょう。
 そこで、そうした火とか水とかの限定が生じる前のものでなければならない、という意味合いで「ト・アペイロン」というものを言いだしたのだと考えられます。

 ここで大事なのは、こうした「吟味・批判」を加え、「新たな答え」を提出する、という態度そのものです。私たちにとっては「水」であれ「ト・アペイロン」であれ、いずれにしたって「バカバカしい答え」だと思えます。しかし、くりかえしますが、これらは世界というものを「まともに」考え始めた最初なのです。それ以前には「神様の仕業」として説明する仕方しかありませんでした。そして、このように、世界を理性で納得できるように説明しようとする態度が大切なのです。これが
「ギリシャ精神」なのであって、ですから、ギリシャ思想が排斥されていた中世にあっ ては再び「神話の世界」へと逆戻りしてしまいました。
 今日のような考え方はギリシャ思想が復活したルネサンス以降にやっと再発して、神話的考えと戦いながら苦労惨澹ここまできたものなのです。もしギリシャに彼らが生まれず、あるいは復活しなかったら人類はまだ「神様の仕業」として世界を理解していたであろうことは間違いありません。なぜなら、現代でもまだ神話的に理解する人もたくさん存在しているからです。

 一方、アナクシマンドロスの批判はまだあり、タレスが十分説明していなかった
「生成の原因」についても言及していきます。すなわち、この「かたまり」は永遠に動いているのですが(あとで触れますが、彼ら、ないしほとんどのギリシャ人にとっては「世界」はそのものとして「生命」をもった「生き物」なのです。物質は生命のないただの「物」である、という考え方も存在はしましたが少数意見で、これはまた近代に特徴的な考え方です)、そうこうしているうちに、その運動のせいで何やらの「生みだすもの」が生じた、といってきます。これは生物学的には「胚芽」のようなものでしょうが、彼の説明の仕方は天文学的なので「渦巻き星雲」をイメージしたほうがいいです。
 ここに、
「冷」と「湿」、「熱」と「乾」という要素が生じてくると言います。たしかに渦巻き星雲だとすればそんな要素が生じてこなくてはならないようです。そしてそれは回転しているうち突然「大爆発」を起こし、火の球となって散り、太陽や月、その他の星々となったと言います。何やら現代天文学の「ビックバン」と同じ考えで興味深いです。そして彼はこの「冷」・「湿」、「熱」・「乾」の四つの要素で存在の生成を説明していくことになります。
 しかし、その「冷・湿」とか「熱・乾」とかは「性質」ではないかと思われるかも知れませんが、この当時は「物」と「性質」という厳密な区別はありません。性質もそれ自体として「存在」なのです。そして彼の存在物の生成の仕方を説明しますと、「暖か」で「湿った」ものの中に生命が生じ、それゆえ
「始めの生物」「魚」のようなものであり、鱗をもった外皮に覆われていたが、やがて年月を経て、そこから陸に上がってくるものが出てきた。人間もその一部であって、始めは魚であったものから生じてきたのだ、ということになります。これも現代の「進化論」と同じ発想です。
 どこからこんな考え方を引っ張り出したのかよく分からないのですが、
「観察」が大きな要素になっていることは確かです。それは例えば、陸地が海の乾燥によって生じてきたということを内陸から発見された「化石」などで説明していることからも実証できますし、人間についても、人間の幼児は長期の保護期間を必要とするということから、はじめからこんな存在の形態をしていたのでは生き延びられる筈もないから、人間は始めは他の形態をしていたものから派生してきたものだろう、と推測しています。いずれにしてもただの神話的説明とは次元のことなった説明です。
 同様に、彼は古代人が悩んだであろう、この地球がどうしてこのように
「止まって」いるのか、と言う問題にも(当時はまだ天動説しかなかった。地動説はもう少し後代になって提唱されていくる)タレスより進んだ答え方をしています。実際、この地はどうして「動かない」のでしょうか。何かに支えてもらっていない限り「動いて」しまいます。現代の私たちは、地球は「動いて」いるけれど「引力」のおかげで吹っ飛ばされずにすんでいることを知っていますが、これは「知識」としてであって実感している人なんておりません。「動かない」というのが実感です。これにたいしてタレスは「水に支えられている」としました。しかしそれではその「水」は何に支えられているのでしょうか。これは困ります。これにたいしてアナクシマンドロスは宇宙の真ん中に地球があるから、という形で答えてくるのです。真ん中ならすべてに等距離ですから、どちらかの方向に動かなければならないという必然性はありません。これは「理屈」です。このように彼は「理」を以て追及していたのです。

 さて、このような彼等の主張を現代のレベルで「幼稚だ」と言うことは簡単です。しかし、紀元前600年も昔、こんなことを議論していた、ということに私たちはむしろ奇跡的な
「知性の発露」を感じないわけにはいきません。考えてもみて下さい。古代だけの話しではなく中世はおろかごく最近まで人類は「神・仏」の世界としてこの世界を理解していたのです。現代でもそのあり方はキリスト教世界やイスラーム世界に濃厚に生き続けています。「科学」などというものはほんの2〜300年前くらいから「復活」して(ギリシャ科学の復活なのですが)、一般的になったのはほんの最近のことなのです。それが世界というものです。それなのに、全面的に神話世界であると考えられている紀元前などという大昔に、ただ一人ギリシャ人だけがこんな議論をしていたのです。このすさまじさを思ってください。そして、この発展の上に「自然科学」の大興隆がおきて、「生物学を基盤とするアリストテレス」の哲学や、「植物学の祖テオフラストス」、「科学者アルキメデス」とか{幾何学のエウクレイデス(ユークリッド)」、「天動説のプルタルコスや地動説のアリスタルコス」などを生み出し、それが「ルネサンス運動(ギリシャ文芸復興運動)」で復活することで近代科学がはじまってくるのです。
 アナクシマンドロスについてはその他、植民団の指導者として「社会的リーダー」であったこと、史上始めて
「地図」を作成した人、「日時計」の発明などなどの活動、業績があったことを付言しておきます。

アナクシメネス(BC587年頃〜528/525頃)
 さらに続いてきたのはアナクシメネスといいます。アナクシマンドロスより25歳くらい若い人でした。学問の特質として
「吟味・批判されて継承されていく」という性格があることは先に指摘しておきましたが、そんなことをはじめたのがタレスとそれを引き継いだ人達であったわけです。ですからアナクシマンドロスにも、その主張するところを批判して継承していく人がいた、というわけです。通常哲学史では彼等三人を「ミレトス学派」などと呼んでいます。そしてさらに彼等をひきついでいく一群の人達がいたわけですが、この流れの人達を、ミレトスを含んだこの小アジア一帯を指す言葉であるイオニア地方という名にちなんで「イオニア学派」と呼んでいます。
 このアナクシメネスは、タレスの「水」、アナクシマンドロスの「ト・アペイロン」に代えて
「アエール」がそれだ、と言ってきた人、と紹介されます。アエールというのは「空気のような、もやのような大気の形成物」で、通常は「空気」と訳されていますが、日本語の「空気」より物質性が感じられる言葉です。ですから、これは宇宙にまんべんなく広がっている状態では確かに「空気」というか「大気そのもの」ですが、これが「濃くなって」くると「霧」となり、そしてさらに「水」となり、さらに「固形物」となってくる「物」です。
 これを言い出した理由ですが、彼は「限定」ということにこだわっているようなので、多分アナクシマンドロスの「ト・アペイロン」では「無限定なもの」がどうして「限定物」になるのか説明できない、と考えたからだと推察されます。こうした「引き継ぎ」がある一方で、彼は、先輩たちの説明では不十分と考えられた
「生成の原因」について多くを語ってきます。
 それは
「濃厚化」と「稀薄化」という運動でした。つまり、先に述べたように、彼はアエールが「濃く」なることでそれは「固形」化への方向をとり、「薄く」なることで「気体」へとなる、と言ったのでした。その学説の具体的内容は、今日の科学的知識から言えば「バカバカしい」と言われてしまうようなものですが、しかし、ここには「どうして一つの物からの生成」がありうるのか、という問題意識とそれにたいする誠実な答えを与えようとする努力が見られるのです。そしてもちろん論拠は「観察」による事実からの推論でした。例えば、「濃・淡」と「冷・熱」との相関関係を説明するのに、私たちの「息」のありようをあげているのですが、つまり、口をすぼめて「息を濃くして」息を吐き出せばそれは「冷たく」、口を広げて「ハー」と吐けば「暖かい」ことは私たちもよくしっていることです。
 ただ、こうした彼等の努力の理解のためには、この当時の、というか古代ギリシャの世界観を支配していたある種の存在世界に対する基本的な、ないし前提的な考え方を知らないと旨く理解できないかもしれません。私たちはこの考え方から離れて随分長い時間が経ってしまっているからです。それは、
「この世界は一つの生命体」だという考え方です。物質も生命体も「生きている一つ」のものから生じているのです。アナクシメネス的に言うなら、物質は「アエール」の展開物ですが、同時に、アエールは私たちの「息」であり「生命」でもあるのです。現代人は「物質」と「精神」を完全に分断し、「生命」と「身体」も分けて考えています。あるいは「魂」という概念を「肉体」とは全く切り離して考えています。しかしギリシャでは私たちのような「分裂的」な存在理解はありません。アナクシメネスに則してイメージ的に言うなら、アエールというものがあって、これは永遠的であり無限であって、また永遠に運動している「生命体」です。これは生命として運動し続けているのですから、その運動の法則にしたがって(彼の場合は「濃く」なったり「薄く」なったりです)そのアエールは「展開」してこの宇宙を形成し、そこにはこのアエールの展開物である「さまざまの事物」が観察されることになります。魂も肉体もこのアエールの展開以外の何ものでもありません。魂という生命的な展開を「自分の中」に持った「展開物」がたまたま「生命体=生物」という呼び名で呼ばれるだけです。
 ですから、すべての存在の根拠を「神」という名でよぶなら(古代ギリシャには、「神」を人格的に捕らえる一般の神話的見方の他に、このような
「抽象的宇宙生命体ないし宇宙摂理」「神」とする見方もあったのです。この考え方もすごいものです)このアエールは「神」と呼ばれます。そして実際、そう呼ばれていました。タレスの場合も同様で、「万物は神々で満ちている」ということになります。アナクシマンドロスも例外ではありません。「ト・アペイロン」は「神」なのです。
 彼らのいう「神」とは「物語の中で活躍する人間的姿をもった神」とは全然違うことは理解しておかなくてはなりません。要するに
「宇宙的生命そのもの」といった感じです。ですから、アリストテレスがタレスの「水」を説明する時、「水はすべてのものの生命の原理だから」という言い方をしていたのも理解できると思います。「水」は文字通り「生きる一つの生命体」なのです。そして私ができるだけ日本語に訳さず、ト・アペイロンとかアエールとか原語のままで示したのも同じ理由からなのです。ト・アペイロンを「無限定的なもの」と訳したのではどうしても「抽象的なもの」に見えてしまいますし、「空気」の場合はやはり「物質的」に響いてしまうからです(ただタレスの「水」はもう一般になってしまっていて原語ではかえってわかりにくいので一般にしたがいました)。
 ですから、時に誤解されるように、彼等の理解は「唯物論」的ではないのです。それは「水」とか「アエール=空気」を現代的に了解してしまったところからくる「誤解」です。そもそも、生命から離れた
「機械的物質」などという概念自体がないのです。こうした概念や、物体から離れた「魂」という概念が思考されるようになるのはもう少し時間がかかります。ただしそうなっても、現代のような生命と物質の「分裂」はありません。唯物論の祖といわれる「デモクリトス」でも「アトム(原子と訳され、これは機械的な運動をしている物質です)」は同時に「魂」をも形成しているのです。また「魂」と「物体」とを「分けた」とされるソクラテス・プラトンの場合にしても、それらは同じ大宇宙の中にあるのです。なお、タレスにはじまる「生命体としての宇宙原理」という考え方は哲学的には「物活観」といっています。

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